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Minako "mooki"
Obata.../ Singer / Song writerは内外を問わず、これまで高い評価を受けている。
幼少期を音楽に慣れ親しんで過ごした彼女は5歳でキーボード、9歳でドラムを始めている。十代にはスティーヴィー・ワンダー、ジョージ・ベンソン、アル・ジャロウ、エラ・フィッツジェラルド、ダニー・ハサウェイなどを聴き、彼女のなかにある天性の歌の才能を数年後に開花させるべく育んでいった。
大学在学中にはコーラスアレンジやアカペラなどのヴォイシングに多大な興味を持ち、TAKE 6やアンドレ・クラウチなどに傾倒。ジャズクラブでレギュラーシンガーとして歌うかたわら、オリジナルソングの制作などを開始したのもその頃。自らの声を何重にも重ねて作られたアカペラ曲を含む数曲で構成されたデモテープは、彼女の類まれなる可能性を予感させ、その後の道を開いていくきっかけの作品となった。
1992年、彼女のデモテープを耳にした、ケンジ・サノ(カラパナのベーシスト)は "Lady Bobby Mcferrin"
と絶賛し、Minako "mooki" Obataデビューに向けての全面的な協力を開始。
翌年、マイケル・ジャクソン、ナタリー・コールなど多くのグラミー賞受賞者を輩出したLA在住のヴォーカルコーチ、セス・リグスに出会い、彼とのヴォイストレーニングを開始、その後4年間にわたり師事。
1995年、WE HAVE A DREAMでビクターエンタテインメントよりデビュー。
このファーストアルバムのリリースにより彼女は「久々の本格派ヴォーカリストの登場」として注目を集めた。特にチック・コリアの代表作、「スペイン」を堂々と歌い上げたカヴァートラックは辛口の音楽ライター達に新鮮な驚きを与えた。
1996年、2ndアルバムであるTRUE PEACE OF MINDをリリース。
同年、スウィング・ジャーナル社のADLIB誌でベストレコード賞を受賞。
シカゴのヴォーカリスト、ビル・チャンプリンとのデュエットやジェイ・グレイドンを始めとするLAにおけるトップミュージシャンとのセッションの数々を収録したこの作品は前作に続き、高い評価を得るものとなった。
1997年には3rdアルバム、BRAND
NEW DAYをリリース。
前作に続きADLIB誌でベストレコード賞を受賞。
この作品で彼女は今までにない大きな成長振りを披露することに。歌唱力、表現力はもちろんのこと、ソングライターとして、ヴォーカルアレンジャーとしての才能の開花は非凡なものであった。
1997年、クリスマスアルバム、ONCE
UPON A TIMEを発表。
デビット・ガーフィールドをプロデューサーに迎えてのこの作品にはジェラルド・アルブライト、ポール・ジャクソンJr.なども参加。
期を一にして、海外でも彼女の存在が知られるようになり、ヨーロッパではスペインのレコード会社、EURO G.Y.Cが、アジアではタイのオデッセイレコードがきっかけとなって、世界各国で彼女のアルバムがリリースされる。ヨーロッパでの彼女の評価は特に高く、各地をまわるプロモーションの旅に迎えられるほどになった。2週間の滞在期間中に30本に及ぶテレビ、ラジオ、新聞雑誌の取材依頼を受けたことなどから、彼女のヨーロッパにおける成功の一部をかいま見ることができる。
2001年に公開された手塚治虫原作のアニメ映画「メトロポリス」では多くの映画音楽を手掛けているサックス奏者、本多俊之に抜擢され、主題歌THERE'LL
NEVER BE GOOD-BYEに作詞、兼、歌唱で参加。本作品サウンドトラックはアメリカをはじめ、世界各国で発売されている。
ステージ上での彼女は言及するまでもない。
デビュー以来、各地で行われる彼女のライブパフォーマンスは全て大成功を収めてきている。彼女の音楽的でいて、かつ、聴くものの心を動かす生の歌声は唯一無二の神の賜物であるといえるであろう。
また、ソロ活動のほか、作家として楽曲提供やコーラスとしてのツアーやレコーディングの参加、ヴォーカルディレクションやヴォーカルコーチとしての活動もおこなっている。
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